通信機器の信号品質評価 ― ジッタ・クロストーク・EMIを可視化する
通信機器の信号品質は、データの正確な伝送と安定した通信を実現するために欠かせない要素です。高速化・小型化が進む電子機器では、わずかなノイズやタイミングのずれが通信エラーにつながります。これらの問題を早期に発見し、設計段階で対策を講じるためには、オシロスコープによる信号品質評価が非常に重要です。本稿では、通信機器における代表的な信号品質の指標である「ジッタ」「クロストーク」「EMI」の3点を中心に、その観測と解析のポイントを解説します。
■ ジッタ(Jitter)とは ― タイミングの揺らぎを測る
ジッタとは、信号のエッジ(立ち上がり・立ち下がり)のタイミングが理想位置からどれだけ揺らいでいるかを表す指標です。デジタル通信では、クロック信号やデータ信号の立ち上がりタイミングがズレると、ビットの判定タイミングがずれて誤認識が発生します。特に高速通信(数百MHz〜GHz帯)では、このジッタの影響が顕著になります。
オシロスコープでジッタを評価する際には、タイムインターバル解析(TIE)やアイパターン解析を使用します。アイパターンとは、信号を重ね合わせて表示した波形で、中央の「アイ(目)」が開いているほど通信品質が良好であることを示します。ジッタが増えるとアイが閉じ、エラー率が上昇します。教育現場でも、この“アイパターンの開閉”を見ることで、データ通信の安定性を直感的に理解することができます。
ジッタの主な原因は、電源ノイズ、基板配線の反射、クロック発振器の位相ノイズなどです。測定時には、信号の立ち上がりを基準トリガに設定し、時間軸を細かく設定することで、ナノ秒単位の揺らぎを確認できます。オシロスコープの**高サンプリングモード(1GSa/s以上)**を利用することで、微細なタイミング変動を正確に捉えることが可能です。
■ クロストーク(Crosstalk) ― 隣の信号線が原因の見えない干渉
クロストークとは、隣接する信号線から不要な電圧が誘導され、信号に混入する現象です。特に、フラットケーブルや多層プリント基板では、信号線が近接しているため、この干渉が問題になります。クロストークは、「近端クロストーク(NEXT)」と「遠端クロストーク(FEXT)」に分類され、信号の送信側・受信側のどちらに影響が現れるかで異なります。
オシロスコープでクロストークを確認するには、複数チャンネルを同時に使用します。メインチャンネルで信号線を、サブチャンネルで隣接線を観測し、信号の立ち上がり・立ち下がり時に発生する微小なスパイクを検出します。もし、隣の信号線にスパイクや揺らぎが同期して現れる場合、それがクロストークです。
クロストークを軽減するためには、配線間隔を広げる、グラウンドパターンで分離する、シールドケーブルを使用するなどの設計上の工夫が必要です。測定段階で問題を可視化しておけば、後工程でのノイズトラブルを防げます。FFT機能で周波数領域を確認すると、干渉が発生している周波数帯を特定することも可能です。
■ EMI(Electromagnetic Interference) ― 放射ノイズの見える化
EMI(電磁干渉)は、回路から放射される不要な電磁波が他の機器に悪影響を与える現象です。スイッチング電源や高速デジタル信号のように、急峻な立ち上がりを持つ波形は広帯域ノイズを発生させやすく、通信機器ではEMC(電磁両立性)試験で問題になることがあります。
オシロスコープのFFT解析機能を使うと、EMIの発生周波数を可視化できます。例えば、100MHz付近に強いピークが見られれば、その周波数で放射が生じていることを示します。実験では、シールド材やフィルタ回路を追加し、その前後でスペクトルがどう変化するかを比較すると、対策効果を定量的に評価できます。これは正式な電波暗室試験の前に行う簡易EMC評価として有効です。
また、EMI測定時には接地条件とケーブル配線が波形に大きく影響します。ケーブルを巻いたり束ねたりすると、共振が生じてピークが増幅される場合があります。測定はできるだけ配線を広げ、アースを一点接地に保つことが基本です。
■ 信号品質を高めるための測定環境づくり
信号品質の評価では、単に波形を観るだけでなく、再現性の高い測定環境を整えることが重要です。温度や電源ノイズの影響を受けにくい環境で測定を行い、ケーブル長や接続方法を統一することで、比較結果の信頼性が向上します。また、オシロスコープのプローブはできるだけ短く接続し、ループを作らないようにすることで、外来ノイズの混入を防げます。
教育・研究の場では、学生が「ジッタ=時間のずれ」「クロストーク=信号の干渉」「EMI=放射ノイズ」といった概念を波形で体感できるようにすることが大切です。これにより、理論上の通信誤差が現実の波形として“見える”経験を積むことができます。
■ まとめ
通信機器の信号品質は、ジッタ、クロストーク、EMIといった複数の要素が複雑に関係しています。オシロスコープを活用してこれらの要素を可視化し、問題の発生箇所を特定することで、安定した通信設計につなげることができます。
ジッタを時間軸で、クロストークをチャンネル間で、EMIを周波数軸で評価する――
これら3つの視点を持つことが、通信品質向上の第一歩です。
オシロスコープは、信号の「正確さ」「静かさ」「速さ」を見極める最も有効なツールなのです。
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