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車載電子機器のノイズ解析と対策 ― EMC評価の実践ステップ
- 2025/10/7 -

車載電子機器のノイズ解析と対策 ― EMC評価の実践ステップ

自動車の電子化が進む現在、車載機器のノイズ対策は設計上の重要テーマとなっています。エンジン制御、ADAS(先進運転支援システム)、EVバッテリ管理など、あらゆる回路が高速通信と高電力を扱うため、わずかなノイズでも誤作動や通信エラーを引き起こす可能性があります。
こうした問題を防ぐためには、EMC(Electromagnetic Compatibility:電磁両立性)評価と呼ばれるノイズ特性の測定と解析が不可欠です。ここでは、車載電子機器のノイズ解析の基本手順と、オシロスコープを活用した実践的な評価ポイントを紹介します。


■ EMC評価の目的と基本構成

EMC評価とは、「機器が他の装置に影響を与えず、自らも影響を受けない」ことを確認するための試験です。ノイズには、外部へ放射される**放射エミッション(Radiated Emission)と、電源ラインなどを通じて伝わる伝導エミッション(Conducted Emission)**があります。これらを測定することで、車載電子回路が法規制(CISPR、ISO など)に適合しているかを確認します。

一般的な測定構成は次の通りです。
・被試験機器(EUT)
・電源供給装置
・負荷(電子負荷やシミュレータ)
・ノイズ測定機器(オシロスコープまたはスペクトラムアナライザ)

試験室環境では、ノイズを反射しない電波暗室やシールドルームで実施しますが、開発初期ではオシロスコープ+近傍プローブによる簡易測定でも十分に問題点を把握できます。


■ ノイズ発生源を特定する ― 波形観測の基本

車載機器のノイズは主に、スイッチング電源回路モータ駆動回路に由来します。オシロスコープでこれらの信号を観測すると、電圧の立ち上がり・立ち下がり時に高周波スパイクが現れることがあります。これが電磁ノイズの源です。

解析の第一歩は、ノイズが「どのタイミング」で「どの経路」で発生しているかを特定すること。
たとえば、以下のようなアプローチが効果的です。

電源ライン波形の観測:入力電圧に周期的なリップルやスパイクがある場合、電源モジュールがノイズを発生している可能性があります。
グランド電位のゆらぎ観測:複数の回路間でアース電位が異なると、グラウンドループを介してノイズが伝搬します。
差動測定の活用:アースが共通でない部分の測定には、光アイソレーション差動プローブを使用して安全に波形を取得します。

こうした基本的な観測を繰り返すことで、ノイズ源の位置と発生パターンを明確にできます。


■ スペクトル解析で周波数特性を可視化

オシロスコープのFFT(高速フーリエ変換)機能を使えば、時間波形に含まれるノイズ成分を周波数軸で確認できます。
例えば、スイッチング電源の基本周波数が100kHzの場合、その高調波が200kHz、300kHz、500kHzといった帯域に現れます。
また、モータ制御ではPWMのスイッチング周波数に対応するピークが特徴的です。

FFT解析により、どの帯域に強いノイズが存在するかを把握すれば、フィルタ回路やシールドの設計方針を決めやすくなります。
フェライトビーズ、コモンモードチョーク、コンデンサの配置を最適化する際にも、このスペクトル情報が大きな助けになります。


■ 対策設計の3原則 ― 発生・伝達・放射を抑える

ノイズ対策は、以下の3段階で考えるのが基本です。

1.発生源を抑える
 スイッチング素子の立ち上がり速度を制御し、不要な高周波成分を減らす。ゲート抵抗の調整やスナバ回路の挿入が効果的です。
2.発達経路を遮断する
 フィルタ(LC、π型など)を挿入し、電源ラインを通じて伝わるノイズを減衰させます。電源入力部にフェライトビーズを配置するのも有効です。
3.放射を防ぐ
 金属シールドケースや接地構造を工夫し、ノイズが外部へ放射されないようにします。ケーブルの取り回しやアースの一点化も重要です。


この3原則は、教育現場でも「ノイズ対策の基本ステップ」として紹介できる普遍的な考え方です。


■ 実験・評価時の安全と再現性

車載電子機器の測定では、高電圧・大電流が扱われることが多いため、安全対策が欠かせません。測定中に配線を変更する際は必ず電源を切り、絶縁プローブや絶縁手袋を使用します。
また、ノイズ測定では、測定環境の再現性が非常に重要です。配線の長さ、ケーブルの位置、アースの取り方が変わるだけで、ノイズレベルが数dB単位で変動します。測定前後の状態を写真で記録するなど、条件を一定に保つ工夫を行いましょう。

教育・研究の現場では、ノイズ対策実験を通じて「どこを改善すれば静かになるか」を体験できるようにすることが理解促進につながります。オシロスコープで波形の変化をリアルタイムに観察することで、ノイズ低減効果を視覚的に確認できます。


■ まとめ

車載電子機器のEMC評価は、単なるノイズ測定ではなく、信頼性を確保する設計活動の一部です。
オシロスコープを活用した簡易評価から始めることで、開発初期の段階でもノイズ傾向を把握し、設計修正に反映できます。

ノイズを「見える化」することは、静かな車をつくる第一歩です。
安全性・快適性・電磁環境の調和を実現するために、計測技術の果たす役割はこれからも大きくなっていくでしょう。

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