オシロスコープ プローブ応用(3)微小差動信号の測定とノイズ抑制
■はじめに
センサ出力やアナログフロントエンド、低速通信ラインなどには、数mVから数十mVといったごく小さな電圧差を持つ差動信号が多数存在する。こうした微小差動信号の正確な観測は、ノイズ耐性の高い測定系と高分解能の計測環境が必要であり、プローブの性能が測定結果を大きく左右する。
本稿では、微小差動信号の測定において重要となるプローブの選定ポイントやノイズ対策、活用テクニックを具体例を交えて解説する。
■微小差動信号の測定で直面する課題
信号レベルが数mV〜数十mV程度と小さいため、周囲のノイズが信号そのものと同等かそれ以上のレベルになることがある。特に商用電源由来の50Hzや60Hzの誘導ノイズ、オシロスコープ本体の内部ノイズ、グラウンドループによる差動成分への混入が問題になる。
また、ケーブルの長さや配置によって共通モードノイズが差動信号に変換される現象(CMRR不足)も、測定を不安定にさせる原因の一つである。
■プローブ選定の基本方針
微小差動信号を正確に測定するには、まず高いCMRR(共通モード除去比)を持ち、入力ノイズの少ないアクティブ差動プローブが適している。以下の条件を満たすプローブが望ましい。
入力換算ノイズが小さい(例:数μVrms以下)
帯域は数MHz〜100MHz程度で可(高帯域すぎると逆にノイズを拾う)
入力インピーダンスが高く、回路への負荷が小さい
入力容量が小さく、信号劣化が起きにくい
コモンモード耐圧が必要な測定には絶縁型や光アイソレーション型を使用
低ノイズで低帯域のプローブが有利になるケースが多く、広帯域は必ずしも必要ではない。
■測定環境とグラウンド設計
微小信号測定では、測定対象そのものをシールドするか、測定系全体をシールドボックスやメタルケース内に収める工夫も効果的である。
また、グラウンドループの発生を防ぐため、オシロスコープ本体と被測定回路の電源をアイソレーショントランスなどで分離する、プローブのGND側を回路GNDと直接接続しない、USBやLAN経由の外部機器との接続を切る、などの対策も重要となる。
加えて、ケーブルを束ねたり、スパイラルシールドを用いることで誘導ノイズを抑えることができる。
■信号の帯域とローパスフィルタの活用
観測対象の信号帯域が限られている場合、オシロスコープ側でローパスフィルタを設定しておくことで高周波ノイズを効果的に除去できる。たとえば、数kHzのセンサ信号を観測する場合、10MHzや100MHz帯域のプローブやオシロでは不要なノイズも表示してしまうため、1MHz程度のフィルタを設定することで視認性が大幅に向上する。
オシロスコープによっては、任意周波数のデジタルローパスフィルタをかけられるモデルもある。信号の遷移速度や立ち上がり時間が測定対象でなければ、フィルタ活用は非常に有効な手段である。
■微小信号測定の具体例
温度センサ出力(サーミスタやRTD)
→ 数十mV程度の電圧変化を観測。10倍差動プローブや12ビット高分解能オシロで、1mV/div以下の設定で観測。
ホール素子や電流検出シャント信号
→ 数mAの電流を検出するためのmVレベル信号。100倍のアクティブ差動プローブが有効。コモンモードノイズ除去が必須。
微小オペアンプ出力のリップル評価
→ DCに近い信号だが、μV〜mV単位の変動を観測。オシロスコープのAC結合とローパスフィルタの併用でノイズを除去。
mVレベルの制御信号(PWM)
→ 微小な振幅のパルス信号を観測する場合、プローブの立ち上がり特性と波形更新レートも確認する。
■測定時の注意と改善ポイント
測定中の環境電位変動、人体の静電誘導、プローブやケーブルの動きによるマイクロフォニックノイズなども微小信号にとっては大きな影響を及ぼす。
以下のような工夫で測定精度を安定させることができる。
測定系を一度セッティングしたらできる限り触らない
ケーブルは固定し、浮遊しないようにする
測定前にオシロスコープのゼロ調整、DCオフセット調整を行う
同じ信号を複数のプローブで比較測定して妥当性を確認する
ノイズ源(スイッチング電源、無線LANなど)を可能な限り遮断する
■まとめ
微小差動信号の測定は、信号レベルが小さい分だけノイズの影響を受けやすく、測定環境やプロービング技術が重要となる。
高CMRR・低ノイズの差動プローブ、高分解能なオシロスコープ、ローパスフィルタや絶縁構成などの工夫を組み合わせることで、mV以下の信号も正確に捉えることが可能となる。
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