オシロスコープ プローブ応用(5)光アイソレーションプローブによる高電圧測定
■はじめに
高電圧回路の観測は、パワーエレクトロニクスや産業機器、車載インバータなど、さまざまな分野で重要となる。一方で、高電圧の測定には人身事故や測定機器の破損などのリスクが伴い、従来の受動プローブや一般的な差動プローブでは十分な安全性と性能が確保できない場合がある。
そうした中で注目されているのが、光アイソレーション方式を採用した差動プローブである。本稿では、その仕組みや特長、安全な使用方法と応用例について解説する。
■光アイソレーションとは
光アイソレーションとは、電気信号を一度光信号に変換し、光ファイバーを介して信号を伝送することで、測定対象とオシロスコープ本体の電気的接続を遮断する技術である。完全なガルバニック絶縁が得られるため、数kV〜数十kVの高電圧差動信号でも安全に測定できる。
この方式では、プローブヘッド内にアナログ信号を光変換するモジュールを内蔵し、光ファイバーで信号を絶縁伝送し、オシロスコープ側で電気信号に再変換して観測する。信号線と観測装置が完全に電気的に切り離されることから、高い耐圧性能と共通モード除去性能が得られる。
■従来の高電圧測定との違い
一般的な高電圧差動プローブ(例えば100:1のアッテネータ付き差動プローブ)は、入力耐圧が1kV〜2kV程度であり、耐電圧や共通モードノイズ耐性に限界がある。また、絶縁がないため、誤接続やリーク経路により回路や測定器が破損する恐れもある。
一方、光アイソレーション型プローブは以下のような利点がある。
高耐圧(数kV〜数十kV)
高いCMRR(数万〜数十万倍)
測定機器を電気的に完全分離できる
絶縁型インバータ、IGBT駆動回路などの観測に最適
フローティング状態の測定が可能
■主な使用用途と対象信号
光アイソレーションプローブは、以下のような高電圧または高速スイッチングを含む差動信号に適している。
三相インバータの出力波形測定
IGBTやSiCデバイスのゲートドライブ信号測定
直流バスライン(DC-Link)の電圧変動評価
絶縁型電源の1次側と2次側の差動測定
モータ駆動時のU、V、Wラインのリアルタイム観測
特にスイッチング速度の高い回路では、数百V/nsという急峻な立ち上がりを持つ信号も多く、通常の差動プローブでは波形の再現性やノイズ除去が困難になる。光アイソレーション方式であれば、これらの課題を大きく軽減できる。
■プローブ選定と使用時の注意点
光アイソレーションプローブにもいくつかのモデルがあり、周波数帯域、入力耐圧、CMRR、ノイズ性能、光ファイバーの長さなどが異なる。以下の観点から選定することが望ましい。
必要な耐圧(例えば±2kV、±5kVなど)
必要な帯域(1MHz〜200MHz)
測定対象の立ち上がり時間(トランジェント)
波形再現性と低ノイズ性能
使用環境(ノイズ源が多い場合はより高CMRRを)
また、使用時には以下のような点に注意する必要がある。
プローブヘッドは被測定対象の近くに設置し、浮遊容量やリード長を極力短くする
プローブの電源がUSB給電タイプの場合、PCなどのグラウンドに引きずられないようバッテリ給電が推奨される
光ファイバーの断線やねじれに注意し、接続状態を事前に確認しておく
オシロスコープの垂直スケール、帯域制限、ローパスフィルタなどを適切に設定する
■具体的な活用事例
モータ制御インバータの3相出力電圧観測
→ 各相とGNDの間に発生する600Vppのスイッチング波形を安全に観測可能。
SiC MOSFETのゲート−ソース間電圧観測
→ 20Vppの高速パルス(立ち上がり時間10ns以下)をノイズレスに取得。
絶縁型DCDCコンバータの入力−出力間ノイズ測定
→ 数百mVの差動ノイズを高帯域かつ高CMRRで解析可能。
■まとめ
光アイソレーション型の差動プローブは、従来の高電圧差動プローブでは困難であった「高電圧×高周波×高安全性」の3要素を同時に満たすことができる革新的なツールである。
これにより、モータ制御やパワーエレクトロニクス、絶縁型電源などの評価において、安全かつ高精度な測定環境を構築できる。測定の自由度が高まり、より高度なデバイスや制御アルゴリズムの開発にも貢献する。
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