CANトリガとノイズの影響
CAN(Controller Area Network)は、自動車をはじめとする産業機器や医療機器、工作機械などの分野で幅広く使用されている信頼性の高い通信方式である。通信路に2本の差動信号線(CAN_HとCAN_L)を用い、エラー検出機能や再送制御などを備えており、ノイズ環境下でも比較的安定して動作することで知られている。しかし、CAN通信も完全ではなく、実際の現場ではノイズや物理的要因によって通信エラーが発生することがある。こうした問題の特定と対策のために、オシロスコープによるCAN波形の観測とトリガ機能の活用が重要な役割を果たす。
CAN通信の基本原理としては、ドミナントとリセッシブという2つの状態を差動信号で表現する。ドミナントはCAN_Hが高く、CAN_Lが低い状態で、リセッシブは両方ともほぼ同じ電位になる。これにより、通信線上の電圧差によってビットの情報を伝える仕組みとなっている。CANは非同期通信であり、一定のビットタイミング精度が求められるため、物理層の波形品質が通信の成否に直結する。
オシロスコープでCAN通信を観測する際には、CAN_HとCAN_Lをそれぞれ別チャンネルで測定し、差動波形を算出するか、専用の差動プローブを使用することでより明確な波形観測が可能となる。特にトランシーバ近傍での観測では、反射やノイズの影響が少なく、波形の劣化具合やスルーレートなどの確認がしやすい。
CAN通信の解析において、トリガ機能の活用は不可欠である。一般的なオシロスコープでは、プロトコル・トリガ機能として、特定のフレームIDやデータパターン、エラー条件(例えばACKエラー、CRCエラーなど)を指定してトリガをかけることができる。これにより、膨大な通信の中から必要なタイミングだけを的確に切り出すことができ、問題の切り分けや再現性の低いエラーの捕捉が容易になる。
たとえば、ある車載システムで一部センサーからのデータが欠損する事例が発生している場合、該当するスレーブのCAN IDを指定してトリガをかけ、さらにACKエラーや無応答状態の波形を捕捉することで、信号レベルの問題や配線の断線、トランシーバの故障といった物理的トラブルの特定に役立つ。また、周期的な通信のタイミングずれや、データフィールドの誤りなども視覚的に比較できる。
一方で、CANはノイズ耐性の高い通信方式とはいえ、外部からの強い電磁干渉(EMI)や、車体全体にわたるアース電位の変動、大電流スイッチングによるリップルなどの影響を完全に排除することはできない。特にケーブルが長距離にわたる場合や、終端抵抗が適切でない場合には、信号の反射や減衰、波形のゆがみが顕著に現れる。これらのノイズがCAN_HとCAN_Lの電圧差に影響すると、受信側で誤ビットが認識され、エラーとして処理される。
このようなノイズの影響を把握するには、オシロスコープの波形観測が有効である。たとえば、ドミナントビットの期間中にCAN_HとCAN_Lの電圧差が十分でない場合や、SLOPE(立ち上がり/立ち下がり)の遅延、リンギングの発生などが観測されれば、ノイズの混入や電気的設計の問題を疑うべきである。これらを正確に検出するためには、オシロスコープのサンプリングレートや帯域幅の選定も重要となる。
さらに、オシロスコープ側のローパスフィルタやヒステリシス機能、ノイズリジェクト設定を適切に使うことで、微小なノイズを除去し、意図したトリガタイミングだけを確実に捉えることができる。たとえば、CAN_Hに微弱なパルスが重畳された状態では通常のトリガでは誤動作することがあるが、ヒステリシス幅を調整することで誤トリガを防ぐことができる。
このように、CAN通信の安定性を維持するためには、物理層の信号観測とタイミング制御の両面からのアプローチが欠かせない。トリガと波形観測の組み合わせにより、目に見えにくい通信トラブルの原因が可視化され、実用的な対策を講じることが可能となる。
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