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第9編:FFTでノイズ源を探す ― EMC対策の第一歩
- 2025/10/6 -

 電子機器が安定して動作しない、通信が途切れる、センサーが誤作動する――。こうしたトラブルの多くは、ノイズ(不要な電磁波)が原因で発生します。設計段階でのEMC(電磁両立性)対策は非常に重要ですが、本格的な試験設備がない現場でも、オシロスコープを使えば簡易的なノイズ解析を行うことができます。その第一歩となるのが、FFT解析によるノイズ源の可視化です。

 FFT(高速フーリエ変換)は、時間領域の信号を周波数領域に変換する手法です。これにより、信号の中にどの周波数成分が含まれているかを調べることができます。例えば、モータ駆動中の電源ラインを観測した場合、一定のスイッチング周波数に対応するピークと、その高調波成分が現れます。さらに、不規則なスパイクや広帯域のノイズが見られる場合、それはスイッチング素子の立ち上がり遅れやアースの不安定が影響している可能性があります。

 FFT解析を行う際は、まず波形を正確に取得することが重要です。プローブのGNDリードを短くし、対象回路の出力端やノイズの発生源に近いポイントで測定します。FFTの観測範囲(スパン)や分解能帯域幅(RBW)を設定し、目的とする周波数帯を明確にします。ノイズが低周波に集中している場合は100kHz程度まで、高周波ノイズを観たい場合は数MHz以上まで広げます。解析結果のスペクトルを見れば、どの周波数でエネルギーが集中しているかが一目で分かります。

 EMC対策を考えるうえでは、ノイズの発生源を「伝導ノイズ」と「放射ノイズ」に分けて考えることが有効です。伝導ノイズは電源線や信号線を伝って他の装置に影響を与えるもので、オシロスコープで直接測定できます。一方、放射ノイズは空間を介して飛ぶ電磁波であり、近傍磁界プローブを使って観測します。プローブを基板上でゆっくり動かし、FFT表示を確認しながらピークが大きくなる位置を探すと、ノイズ源の特定が可能です。

 近傍磁界プローブを使用する際は、安全と正確さの両方を意識しましょう。プローブのループ部分を高電圧部やスイッチング端子に近づけすぎると、誤って接触して破損や感電の危険があります。必ず絶縁手袋を着用し、電源を切った状態でプローブ位置を確認してから測定を行います。測定範囲を絞って何度か繰り返し観測することで、ノイズの発生位置と広がりを定量的に把握することができます。

 FFT解析では、フィルタの効果を確認するのにも役立ちます。フェライトコアやコンデンサを追加したあとに再度FFTを行うと、特定の周波数帯のピークがどの程度減少したかを定量的に確認できます。目で見ることで、ノイズ対策の有効性を数値以上に実感できる点が大きな利点です。また、FFTデータを記録しておくことで、製品改良や対策の履歴管理にも活用できます。

 FFTを用いたノイズ解析はあくまで「プレ試験」に位置づけられます。正式なEMC適合試験は電波暗室や規格対応の計測装置で行う必要がありますが、その前段階として、社内や研究室で傾向を把握しておくことで、試験の通過率を大きく高めることができます。どの回路がノイズを出しているのか、どのラインにエネルギーが集中しているのかを事前に理解しておくことは、試験準備において極めて有効です。

 FFT解析を日常の測定に取り入れると、ノイズが発生している「周波数の癖」が見えてきます。モータ駆動、スイッチング電源、通信回路など、機能ごとに特徴的なスペクトルパターンを持っています。経験を重ねることで、波形を見ただけでおおよその発生箇所を推定できるようになります。これは現場のトラブル対応や設計改善に直結する技術です。

 ノイズ対策は、単に部品を追加するだけではなく、原因を理解して最小限の対策で効果を得ることが重要です。FFT解析によって、問題の本質を“見える化”することは、効率的なEMC対策の出発点となります。オシロスコープは、周波数の世界を理解するための手軽で強力なパートナーです。安全を確保しながら、FFTを通じて電磁ノイズの正体を探り、より安定した設計と運用へとつなげていきましょう。



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