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第6編:スイッチング電源の波形を読む ― リップルと過渡応答の解析
- 2025/10/6 -

 スイッチング電源は、電子機器の小型化・高効率化を支える基本技術です。ACアダプタ、パソコンの電源、各種制御機器に至るまで、ほとんどの装置が内部でスイッチング方式を採用しています。しかし、高速で電力を変換する構造ゆえに、リップルやノイズが発生しやすく、安定性の評価には慎重な測定が必要です。オシロスコープを用いた波形解析は、こうした電源の健全性を確認する最も有効な手段です。

 まず確認すべきは、出力リップルの観測です。スイッチング電源では、スイッチ素子のオン・オフ動作に伴って出力電圧に微小な波形の揺らぎが生じます。このリップルは、通常は数十mV程度の周期的変動として現れます。オシロスコープをDC結合からAC結合に切り替えると、DC成分を取り除きリップル成分だけを拡大表示できます。観測時には、プローブのGNDリードをできるだけ短くし、電源出力端の近くで接続することが大切です。GNDが長いとノイズを拾いやすく、実際より大きなリップルが見えてしまうことがあります。

 次に注目すべきは、過渡応答(トランジェント特性)です。これは負荷電流が急に変化した際、出力電圧がどのように追従するかを表すものです。電子負荷などを用いて負荷をステップ的に変化させ、オシロスコープで出力電圧のオーバーシュートやアンダーシュートを観測します。理想的な電源は変化にすぐ追従しますが、制御ループの帯域が狭い場合やコンデンサ容量が不足している場合、波形に大きな揺れが生じます。この応答特性を解析することで、安定性や補償回路の最適化に役立てることができます。

 観測の際には、安全面に十分配慮する必要があります。スイッチング電源の一次側(ACライン)は高電圧がかかるため、一般的なプローブでの直接測定は危険です。観測は必ず二次側(低電圧側)で行い、一次側を調べる場合は絶縁型または光アイソレーションプローブを使用します。また、電源を分解して内部のスイッチングノードに直接触れる行為は非常に危険です。高dv/dt点では、数百ボルト単位の瞬間電圧が発生するため、必ず安全規格に適合した環境で行いましょう。

 スイッチング電源では、スイッチング周波数に対応するスペクトル成分も確認すると有用です。FFT(周波数解析)を用いれば、基本周波数および高調波の分布を視覚化できます。たとえば100kHzで動作する電源では、その整数倍の200kHz、300kHz付近にピークが現れることがあります。これらの成分が大きい場合は、回路のレイアウトやフィルタの設計に見直しが必要です。周波数特性を確認することで、ノイズ源の特定と対策方針の検討が容易になります。

 また、電源の立ち上がり波形も重要な評価ポイントです。電源投入時の出力電圧の上昇過程を観測すると、ソフトスタート機能や保護回路の動作を確認できます。急激に立ち上がる電圧は突入電流を引き起こし、下流回路を損傷させるおそれがあります。反対に、立ち上がりが遅すぎる場合は、負荷側の装置が起動できないこともあります。時間軸を広く取り、全体の挙動を把握することが重要です。

 リップルやノイズを低減するためには、測定結果を踏まえた改良が欠かせません。フィルタコンデンサの容量を増やす、配線を短くまとめる、スイッチング素子とインダクタの配置を最適化するなど、設計の工夫が波形の改善につながります。オシロスコープで改良前後の波形を比較すれば、定量的な効果を確認することができます。見た目の安定した波形が得られることは、製品信頼性の向上にも直結します。

 スイッチング電源の波形測定は、一見難しそうに感じるかもしれませんが、基本的なポイントを押さえれば安全に実施できます。低電圧側から始め、常に片手作業を意識し、ショート防止のために金属工具の使用を避けることが大切です。安全な環境で正確なデータを取得し、電源設計や評価に役立てることが、計測の本来の目的です。

 オシロスコープによる波形観測は、スイッチング電源の“健康状態”を可視化する行為です。安定動作の確認だけでなく、設計改善の方向性を見つける手がかりにもなります。観測結果を分析し、確かなデータに基づいた設計判断を行うことで、より信頼性の高い電源システムを構築することができるでしょう。




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