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第5編:車載電源の波形を見る ― クランキング・リップル測定入門
- 2025/10/6 -

 自動車やバイクなどの車載システムでは、12V電源がさまざまな電子機器を動かしています。近年ではECUやカメラ、通信モジュールなど電子制御化が進み、電源品質がシステム全体の信頼性に直結します。エンジン始動時の電圧降下やオルタネータによるリップル電圧など、車載特有の現象を理解するには、オシロスコープによる波形観測が欠かせません。

 まず注目すべきは「クランキング電圧」の観測です。エンジン始動時、セルモータが回転を始める瞬間に大電流が流れ、バッテリ電圧が一時的に大きく低下します。この電圧降下が大きすぎると、ECUや電子制御装置がリセットして始動不良を起こすことがあります。オシロスコープで電源波形を記録すると、始動直後の電圧がどの程度まで下がっているか、そして何秒で回復しているかを明確に確認できます。バッテリの内部抵抗が増えている場合や、ケーブル接触が不完全な場合には、このドロップが顕著になります。

 次に重要なのが「リップル電圧」の観測です。エンジンが回転を続けている間、オルタネータの整流動作によって、電源ラインには周期的な微小変動が生じます。リップル電圧が過大になると、オーディオやカメラなどの電子機器にノイズが入り込む原因になります。オシロスコープでDC電圧にAC結合を加えて観測すれば、このリップル成分を拡大して確認することができます。エンジン回転数を変えながら波形を記録することで、ノイズ源の周波数特性を推定することも可能です。

 測定を行う際は、安全を最優先にしてください。車両の12Vラインは比較的低電圧に見えますが、始動時や電装負荷の変動によっては20V以上のスパイクが発生することがあります。プローブの定格電圧を必ず確認し、金属部分への不用意な接触を避けます。また、車両ボディはGNDと共通になっているため、オシロスコープのGNDクリップを誤ってプラス側に接続すると、ショートやヒューズ切れの原因になります。測定はエンジン停止状態で配線を確認し、必ず絶縁手袋を着用して行うことが推奨されます。

 車載電源波形の観測では、トリガ機能を活用すると便利です。クランキングの瞬間を捉えるためには、電圧が一定値以下になったときに自動で波形を記録する「レベルトリガ」を使います。こうすることで、始動のたびに再測定しなくても安定した波形を取得できます。また、エンジン停止後に発生する逆起電力のスパイクもトリガで捉えることができます。これらの波形を比較することで、スタータやリレー回路の健全性を診断することが可能です。

 さらに、電源品質の評価では長時間のモニタリングも有効です。オシロスコープのメモリや記録機能を利用して、アイドリング時からアクセル操作、負荷変動時までの電圧変化を連続的に記録すれば、過渡現象の全体像が見えてきます。電圧変動と同時に電流を観測すれば、どのタイミングで負荷が変化したか、電流ピークがどの程度かも把握できます。クランプ式電流プローブを使えば、配線を切断せず安全に電流波形を測定できます。

 電装品の追加やLEDライトの取り付けなど、車両の改造を行う場合にもオシロスコープは役立ちます。新しい機器を接続したことで電源波形が乱れていないか、リップルやノイズが増えていないかを確認することで、トラブルの予防が可能です。とくにドライブレコーダーや通信機器など、常時電源に接続される装置では、電源ノイズが録画品質や通信安定性に影響を与えることがあります。波形観測による事前チェックは、安全で信頼性の高い電装設計の第一歩です。

 また、最近ではハイブリッド車やEV(電気自動車)の普及により、高電圧バッテリの監視も重要になっています。これらは通常のオシロスコープでは直接観測できない電圧レベルのため、絶縁型プローブや光アイソレーション機器を使用する必要があります。扱う電圧が高い場合には、必ずメーカーが推奨する安全手順に従い、複数人で確認を行いながら作業してください。

 オシロスコープを使った車載電源の波形観測は、車の健康診断のようなものです。目に見えない電気的現象を波形として捉えることで、バッテリや充電系、負荷系統の異常を早期に発見できます。安全な測定環境を整え、データに基づいた判断を行うことで、より安心できる車載システムを実現できます。





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