ドローンやラジコンカーの制御では、電源系の安定性とモータ駆動の挙動が動作全体の信頼性を左右します。モータが突然止まったり、スロットル操作に対して反応が遅れたりする場合、原因はハードウェア側にあることが少なくありません。こうしたトラブルの解析に役立つのが、オシロスコープによる波形観測です。ESC(Electronic Speed Controller:電子スピードコントローラ)とモータの動作信号を正しく観測することで、回路設計や調整の精度を高めることができます。
ドローンのESCは、マイコンからのPWM(パルス幅変調)信号を受け取り、それをモータ駆動用の電圧に変換しています。一般的なPWM信号は、1msから2ms程度の幅を持つ矩形波で、周期は20ms前後です。オシロスコープを使えば、スロットル操作に応じてこのパルス幅がどのように変化しているかを可視化できます。信号が不安定であったり、ノイズによりパルス幅が乱れる場合には、モータの回転が不安定になる原因となります。
PWM波形の観測では、まず信号線にプローブを接続し、GNDを共通にして測定します。信号の立ち上がり・立ち下がりの時間を確認することで、マイコンの出力ドライブ能力や配線の長さによる波形劣化を判断できます。立ち上がりが遅い、波形が丸く見える場合は、ライン容量が大きすぎたり、抵抗値が高い可能性があります。小型ドローンなどではケーブルが細く長いことも多く、こうした特性が波形に影響します。
一方、電源ラインの観測では、バッテリ電圧がどのように変動しているかを確認します。モータ起動時や急加速時には大電流が流れ、一瞬電圧が大きく下がることがあります。この「電圧降下(ドロップ)」が大きすぎると、マイコンがリセットして飛行が不安定になることがあります。オシロスコープで電源波形を観測すれば、どの程度の電圧変動が発生しているかをリアルタイムに把握できます。電解コンデンサの容量やバッテリ内部抵抗を調整することで改善できる場合もあります。
電流の挙動を観測する際には、クランプ式の電流プローブが有効です。モータへの電流が周期的に変化していることや、立ち上がり時の突入電流を安全に測定できます。ESCの出力ラインを直接測るのは高電圧・高dv/dtを伴うため危険を伴います。必ず絶縁型のプローブやクランプ式センサーを使用し、金属部への直接接触を避けましょう。プロペラは必ず外すか、固定台にしっかりと固定した状態で測定を行うことが安全上の基本です。
波形を観測すると、モータ駆動時のリップルやスパイク電圧も確認できます。スロットルを急変させた際に、電源ラインに鋭いスパイクが出ている場合、ノイズが他の回路に影響している可能性があります。このような場合は、配線経路を短くする、フェライトビーズを入れる、あるいは電源ラインに小容量のコンデンサを追加するといった対策が考えられます。オシロスコープを用いた可視化は、こうした対策の効果を定量的に評価するための最も確実な手段です。
また、複数のモータを同時に駆動している場合、それぞれの電流波形やタイミングを比較することで、制御信号の同期ズレや一部のモータだけに負荷が偏っている状況も確認できます。特にマルチコプターでは、1つのESCが他より遅れて応答していると姿勢制御に影響します。オシロスコープを使って各チャンネルの信号を重ね合わせることで、システム全体の動作の均一性を確認することができます。
ドローンやRC車は、屋外で使用されることが多いため、観測環境にも注意が必要です。金属製の机の上で電源回路を扱うと、誤ってショートする危険があります。絶縁マットを使用し、周囲の可燃物を避け、作業中はプロペラを外すか固定しておくことを徹底しましょう。特にリチウム系バッテリを扱う際は、過放電・短絡・逆接続を防ぐことが最も重要です。
オシロスコープを使った波形観測は、単に信号を見るだけでなく、安全で安定したドローンシステムを作るための基本技術です。PWM信号と電源の動きを同時に確認することで、制御と電力の両面から挙動を理解できます。安全を第一に、波形を通して見えない不具合を早期に発見し、より信頼性の高いシステム構築につなげましょう。
オシロスコープ用途シリーズ 目次
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ESCとモータ駆動波形を観る ― ドローン電源系の安全チェック
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車載電源の波形を見る ― クランキング・リップル測定入門
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スイッチング電源の波形を読む ― リップルと過渡応答の解析
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授業で学ぶオシロスコープ ― 5回で身につく波形リテラシー
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設備トラブルを波形で診る ― オシロスコープ活用の一次診断法
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FFTでノイズ源を探す ― EMC対策の第一歩
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I-Vカーブを波形で学ぶ ― MPPT追従とエネルギー変換の観測
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