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第2編:FFTで見るオーディオ回路 ― 歪みとノイズの“見える化”
- 2025/10/6 -

オーディオアンプやヘッドホンアンプを自作すると、音は出ているのにどこか濁って聞こえる、左右で音量が違う、あるいはハムノイズが混ざるといった悩みがよくあります。こうした問題は耳だけで判断すると原因を特定しにくいのですが、オシロスコープのFFT(高速フーリエ変換)機能を使うと、音信号を「周波数の分布」として可視化でき、原因の手がかりをつかむことができます。

オーディオ回路の評価では、時間波形だけでなく周波数特性を確認することが重要です。時間軸表示では音声信号は複雑な波形に見えますが、FFTをかけると、1kHzの正弦波入力であれば、理想的な波形は1kHzのピークだけが現れるスペクトルになります。もしその倍音(2kHz、3kHz…)に小さな山が見えた場合、それは波形がわずかに歪んでいることを意味します。歪率(THD)はこの高調波成分の大きさから求められ、アンプや増幅段の設計評価に役立ちます。

ハムノイズを確認する場合もFFTが有効です。交流電源を使うアンプでは、50Hzや60Hz、あるいはその高調波の100Hz、120Hz付近にピークが現れることがあります。これらはアースの取り回しや整流回路の平滑不足が原因で生じることが多く、FFT表示で明確に確認できます。耳で聞こえるブーンという低周波の正体を、スペクトルで客観的に捉えることができるのです。

FFT解析を行う際は、入力信号の周波数に合わせて観測条件を整えることが大切です。たとえばサンプリングレートが低すぎると高周波成分が正しく表示されず、逆に観測範囲を広げすぎるとノイズフロアが上がって小さな成分が見えなくなることがあります。また、FFTでは窓関数を選択できます。矩形窓は解析精度が高い一方で、不要なサイドローブが出やすく、ハミング窓やブラックマン窓を使うと滑らかで見やすい結果が得られます。解析結果を解釈するには、目的に応じた設定を理解しておくことが重要です。

オーディオ回路では、左右チャンネルのバランスを比較することも有効です。左右の波形を同時に観測し、振幅差や位相ずれがある場合は、配線や抵抗値の誤差、あるいはトランジスタの特性ばらつきが影響している可能性があります。FFT表示でピーク位置や振幅を比較すれば、聴覚では気づきにくい左右差も客観的に把握できます。バランス調整を行う際には、視覚的なデータが強力な指標となります。

安全面にも注意が必要です。オーディオアンプはAC電源を扱うため、測定中にシャーシやアースを誤って接続すると感電やショートの恐れがあります。オシロスコープのGNDクリップは常に接地されているため、機器のアース構造を確認し、必要に応じてアイソレーショントランスを使用してください。また、複数機器を同時に接続する場合は一点接地を基本とし、ループを作らないように心がけましょう。

FFTを使うと、設計変更の効果も明確に確認できます。コンデンサの容量を増やした場合や配線を短くした場合、ノイズのピークが下がるかどうかを数値とグラフで確認できます。こうした客観的な結果は、オーディオ回路の改良を進めるうえで大きな助けになります。また、可聴域外(20kHz以上)の成分もFFTで把握できるため、ハイレゾ対応回路やデジタルフィルタの検証にも活用できます。

オシロスコープによるFFT解析は、耳だけではわからない音質の「裏側」を見せてくれる手段です。周波数特性を理解することで、回路設計だけでなくノイズ対策や配線技術の改善にもつながります。安全に観測環境を整え、スペクトルを通して音の世界を深く探ることは、オーディオ製作の楽しさをさらに広げてくれるでしょう。




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