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オシロスコープ プローブ応用(6)車載信号の観測とトリガ活用術
- 2025/7/1 -

オシロスコープ プローブ応用(6)車載信号の観測とトリガ活用術

■はじめに

近年の自動車は、エンジン制御ユニット(ECU)や各種センサ類、ボディ制御系など、多数の電子制御システムで構成されている。それらの間では、CAN、LIN、SENT、FlexRayなどの専用通信プロトコルを用いた高速なデータのやりとりが行われており、これらの波形を正しく観測・解析することは、車載機器開発や故障診断において不可欠である。

本稿では、車載信号の特性に応じたプローブの選定、接続方法、オシロスコープのトリガや解析機能の活用について解説する。

■車載信号の主な種類と特徴

車載通信には複数のプロトコルが存在し、それぞれに電気的な特徴がある。

CAN(Controller Area Network)
→ 差動信号。レートは500kbps〜1Mbpsが一般的。ツイストペアケーブルを使用。高いノイズ耐性を持つ。

LIN(Local Interconnect Network)
→ 単線シリアル通信。19.2kbpsなどの低速通信が多い。GND基準の信号。

SENT(Single Edge Nibble Transmission)
→ 単方向・単線でデジタルセンサ値をパルス幅変調で送信。センサ系に多い。デコードには専用機能が必要。

FlexRay
→ 差動信号。最大10Mbpsの高速通信。車載制御の冗長化用途で使用される。

これらの信号を観測するには、それぞれに適したプローブとトリガ条件の設定が必要となる。

■プローブの選定と接続方法

車載信号はコモンモードノイズが多く、正確な観測のためには高CMRRの差動プローブの使用が推奨される。特にCANやFlexRayなど差動信号系では、グラウンドと片側を接地してしまうと誤測定や回路破損の原因となる。

CAN・FlexRay → 帯域50MHz以上の差動プローブ
LIN → 高感度パッシブプローブまたは単端測定+ローパスフィルタ併用
SENT → 立ち上がりが急なパルス波形を捉えられるよう、オシロ側の帯域は50MHz以上が望ましい

車両側コネクタやハーネスへのプロービングには、専用のピンチリードやフックタイプの接続子を用い、接触不良やノイズ混入を避ける工夫が必要である。

■トリガ設定の基本と応用

車載信号は、繰り返し波形ではないことが多く、ノイズや異常トラフィックを含む中から必要なデータを抽出するには、トリガの活用が鍵となる。

エッジトリガ
→ 上昇/下降の立ち上がりに反応。単純なパルス検出には有効。

パルストリガ
→ 一定幅以上または以下のパルスに反応。SENTなどのパルス幅変調解析に使える。

バステンプレートトリガ(プロトコル専用トリガ)
→ CANのIDやSENTのシンクパターンを条件にトリガをかける。デコード機能付きのオシロでのみ使用可能。

ノイズトリガ
→ 特定しきい値を超えた過渡変動に反応。コネクタの接触不良やEMIトラブル診断に有効。

これらの条件を複数組み合わせることで、任意のデータパターンや異常通信をピンポイントで抽出可能となる。

■デコード機能の活用

近年のデジタルオシロスコープは、CAN、LIN、SENTなどのプロトコルに対応したデコード機能を搭載しているモデルが多く、タイミングチャート上に実際のデータ内容(ID、データバイト、CRCなど)を重ねて表示できる。

この機能により以下が可能となる。

信号タイミングとデータ内容の同時観測
特定IDの抽出と統計
通信エラー(スタッフィングビットミス、CRC異常など)の自動検出
センサ出力の応答時間や一致性の確認

プロトコルデコード機能は、ソフトウェアオプションとして別売されていることもあるため、測定目的に応じて搭載有無を確認する必要がある。

■実践例

ECUと車載センサの通信状態をCANで監視する
→ 差動プローブ+CANトリガ+デコード表示により、特定のIDを観測し、センサ応答の遅延や欠損を検出。

SENTセンサの出力波形から温度データを取得
→ パルストリガ+パルス幅解析でデコード。同期パターンにトリガをかけ、データ変換式で温度に換算。

LINバスでの通信断トラブルの解析
→ 単線プローブ+トリガタイムアウト検出により、通信途絶タイミングを特定。コネクタゆるみやGND断線の診断に活用。

■まとめ

車載信号の測定は、波形観測とデータ内容解析を組み合わせて行う必要がある。差動プローブと適切なトリガ設定、さらにデコード機能を活用することで、ノイズが多く多重化された通信環境の中でも、必要な情報を正確に取り出すことができる。

また、車載信号の診断は、測定対象が複数に渡るため、マルチチャンネル対応や波形保存機能も重要な要素となる。近年はバッテリ駆動で車載環境でも使用できるハンディタイプのオシロスコープも登場しており、現場対応力が高まっている。

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