差動プローブの使いどころ
差動測定とは何か
電気信号の測定において、一般的なプローブは信号とグラウンドとの電位差を測定する。これをシングルエンド測定と呼ぶ。一方、差動測定は、2本の信号線間の電位差を直接測る手法であり、両方の入力が信号であることが特徴である。差動プローブはこの差動測定を行うための専用プローブであり、特にノイズが多い環境や微小な差電圧を正確に捉える必要がある場面で重要な役割を果たす。
差動プローブが必要になる場面
差動プローブが必要になるのは、観測対象がグラウンドから浮いた状態である場合や、2点間の微小電位差を高精度に測定したい場合である。例えば、スイッチング電源のハイサイドドライバのゲート波形、モータ駆動のフルブリッジ回路の出力、通信ラインのバランス信号などが代表例である。これらのケースでは、一般的なパッシブプローブでは信号の正確な観測が困難であり、測定による影響やグラウンドループによる誤動作が生じやすい。
グラウンドループの回避と安全性
シングルエンドプローブでグラウンドが異なる2点間を測定しようとすると、意図しない電流がプローブ経由で流れ、オシロスコープの損傷や測定ミスを招く危険がある。差動プローブを使えば、両入力が等しく絶縁されているため、このようなグラウンドループを回避できる。また、被測定回路とオシロスコープを電気的に絶縁することで、計測者の安全性も確保できる。
微小信号の観測における有効性
差動プローブはノイズ耐性に優れており、微小な差動信号を高精度で観測するのに適している。特に、微弱なセンサ信号やアンプの出力、オペアンプの反転・非反転入力間の電位差など、ノイズに埋もれやすい信号の解析に力を発揮する。入力の共通モード除去比(CMRR)が高い設計のプローブであれば、共通モードノイズの影響を抑えつつ、純粋な差動成分のみを取り出すことができる。
高速信号への対応と帯域幅の違い
近年では差動プローブにも高速・広帯域対応のモデルが登場しており、高速インターフェースの観測にも対応している。たとえばLVDS、CAN FD、USB、HDMIなど、バランス型伝送の高速通信信号では、差動プローブによる観測が不可欠である。帯域幅の選定にあたっては、観測する信号の立ち上がり時間や周波数成分に十分な余裕をもったスペックのプローブを選ぶことが推奨される。
差動プローブの分類と選び方
差動プローブには大きく分けて2種類ある。ひとつは高電圧対応の絶縁型差動プローブで、電力回路など高電圧の2点間測定に適している。もうひとつは高帯域・高感度の低電圧差動プローブで、主に高速デジタル信号や微小信号の測定に用いられる。用途に応じて適切な耐圧、帯域、感度、絶縁仕様などを比較しながら選定する必要がある。
プロービングと接続の注意点
差動プローブの性能を最大限に引き出すためには、プロービング技術も重要である。特にプローブのリード線を長く引き回すと、不要なインダクタンスやノイズの影響が大きくなるため、できる限り短く、信号源近傍で接続することが望ましい。また、専用のテストフィクスチャやスプリングチップなどを活用することで、安定した接続と正確な測定が可能になる。
差動プローブ使用時のトラブルと対策
よくあるトラブルとして、プローブの耐圧を超える測定を行ってしまい、プローブやオシロスコープを破損させてしまう事例がある。使用前には、定格電圧と入力信号の確認が重要である。また、ノイズの多い環境では、シールド性能の低いプローブでは正確な波形が得られないこともある。このような場合は、光アイソレーション型の差動プローブなど、外来ノイズの影響を受けにくいモデルを選定することで改善が期待できる。
まとめ
差動プローブは、信号源がグラウンドから浮いている場合や、微小な差動成分を精密に測定する必要がある場合に欠かせない計測ツールである。安全性や精度を確保しつつ、複雑な回路の解析を可能にするため、用途に応じた適切なモデル選定と正しい使用方法を理解することが重要である。シングルエンド測定では見えなかった世界を可視化できる点において、差動プローブは電子計測における力強いパートナーとなるだろう。
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